カテゴリ:Sweeter than Sweet( 43 )


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ばらばらになった写真を整理していると
突然風景が甦り、車窓を流れる雲の早さで季節が逆回転する。

どれかひとつ...、なんて選ぶ事はできないけれど。
僕はこの作品が大好きで、一年のうち幾度か、
思い立った時に書棚から手に取ります。

愛する人が日に日に記憶を失い常軌を逸してゆくさま。
『ダリアの帯』に描かれた世界は一見、非現実的ですが、
底辺に流れているものは、人の体温に限りなく近い生々しいもの。
近所を散歩している際に道がわからなくなって
3時間も4時間も彷徨う甘い感覚。(そんなに彷徨った事ないけど...)
もしくは痛みに気づかず、流れる血の色に唖然とさせられる我が身の傷口。
最愛の人と共に行き着く究極の暮らし。
お伽噺としてとらえても、際立って美しい作品です。

少女漫画に描かれる薔薇は、きりきり尖って高芯剣弁のイメージ...。
けれど、時代にとらわれることなく、
彼女の描く薔薇は簡素でありながら素晴らしく写実的です。
芍薬のように丸いカーブを伴った薔薇を余白に儚く散らす。

ひとつひとつの作品に冠された秀逸なタイトルは
数え上げるだけでも枚挙に暇がありません...。
読み手の想像をさりげなく裏切って、やんわりと煙に巻く。

『たそがれは逢魔の時間』『ばら科』『夢虫・未草』『ジギタリス』。
『青い 固い 渋い』『いたい棘いたくない棘』『野イバラ荘園』。
『つるばら つるばら』『8月に生まれる子供』『ロスト ハウス』etc...。

小説でも映画でも...、そしてもちろん音楽でも。
字の如く、レコードは擦り切れて再生できなくなるまで。
100回でも200回でも人の記憶や感情を其処へ通わせる『何か』。
気まぐれな季節に散々振り回されても、愛想をつかす気にはなれない。

写真は、一昨年、薔薇が大嫌いな恋人に或る日突然誘われた深大寺。
折しも季節は秋薔薇のシーズン。
改心したのかと(?)怪訝に思いながら何故深大寺なのかと問うと。
薔薇が咲き乱れている事を知らぬ恋人は現地に着くなり終止無言。
そして門をくぐるなり別行動。
僕はといえば秋薔薇をさほど美しいとも思えず...、
ダリアばっかり撮っていたのでした。
なんともシュールな休日。

どんな時でもそらで言えた人の名を、或る日突然忘れていることに気づく時。
許容量は無限...、と信じたいけれど哀しいかな。
忘れてしまうことの美しさ。
思い出せない真っ白さ。
はぐれてしまった双方の想いは現世を凌ぐほどの強さ...。
人と人はどうして繋がっているのか...。
いつか自分が年をとって、大事な何もかもを忘れる日が来たら?
自分は忘れなくとも、相手が忘れてしまったら...?

「喪服には、金糸銀糸を使って刺繍したダリアの帯...」。
その想像力にもぐっときます...。
ダリアを見る度、この作品を手にとりたくなります。

G d D
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by MiscellaneousOGRs | 2007-04-07 00:00 | Sweeter than Sweet

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〔Deuil de Paul Fontaine (Moss Rose)/Fontaine:France:1873〕

社交辞令としてのおざなりな挨拶ではなく、
天候の話題を皮切りに、自然と会話が進んでゆく...。
植物と共に暮らすようになってからというもの、
それまでの生活とは線を引くように区切られた、
新たな習慣のようなものでしょうか。
シーズンには、天候の事が自然と気になります。
四季と共に日々を重ね一喜一憂。
まさにそんな感じ!?

今日の薔薇は我が家の一期生。モスローズの『Deuil de Paul Fontaine』。
薔薇に出逢い、その開花に至るまで胸を焦がし続けた一年目の春。
吹きすさぶ気まぐれな春の嵐に、楚々とした横顔をはらはらと散らす白薔薇。
はんなりと頬を染めるように俯き、春雫に彩られ深々とこうべを垂れる桃薔薇。

その当時、庭には紅い色はこの薔薇をおいて他にはなく、
衝撃は年を追う毎に鮮烈な記憶となり、この胸に強く刻まれたのでした♪
現在でも、様々な植物...、個性溢れる草木の中に在りながら、
その佇まいは特別な位置を独り占めにしたまま...。

触れる事を許されぬほどに、棘に覆われたその躯。
生々しく鮮烈なその香り。
開き切る一歩手前、後ろ姿は遊女のうなじにも似たしどけなさ...。
散り際に見せるその深い色合いには凄みさえ漂っているように思います。
加えて、拝された名もたいへんに情緒ある響き。
非常に洗練された、完成度の高い、自然が創り出した奇跡ですね。
翳りが色を喚起する...、そんな雰囲気でしょうか...。

1枚目の写真は、昨年2006年の春の姿。
稀に見る悪天候。それぞれの薔薇の成長と開花が微妙に前後し、
本領を発揮できなかった薔薇たちの中にあって、
今までにないほどに沢山咲いてくれました。
木が充実したのでしょうか?
美しさもさることながら、内側から発散される力強さに圧倒された次第です。
返り咲きとされていますが、我が家では残念ながら一季咲き。
慌ただしいままに、なんの準備もなく撮った1枚。
今年は襟を正してキチンと撮影しなくては...、そう思っています。

挿しているのは、Tse&TseのVase d'Averil、『四月の花器』。
昨年、誕生日に友人からいただいたものです。
21本の試験管は、薔薇のシーズンにはたいへん重宝する優れもの。
野の花を生けても、秋に色づいた実もの...、小ぶりな枝を挿しても。
如何ようにもアレンジは自由自在。シンプルなネーミングも素敵です。

春に生まれ、それぞれに命を宿す草花達を、
僕は勝手に『春仔』と名付けています。

今年の春は、現在の暖かさが嘘のように寒が戻り、
やや荒れ気味の天候になるといわれていますね。
昨年よりも更に個性的な春の姿に唖然とさせられるかもしれません。
願わくば穏やかに和やかに、降り注ぐ陽射しも瞼に眩しく.....。
そんなキラキラした春になって欲しいですね!

G d D
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by MiscellaneousOGRs | 2007-01-28 00:00 | Sweeter than Sweet
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落葉樹の葉が徐々にその色を変えながら、
枝との別れも名残惜しく、凍てついた舗道へ...
冷たく澄んだ空を映す水面へ...
そして温かな空気を孕んだ土の上へと。

ようやく冬の到来です。
羽色に寒を宿した鳥達は、
ぼんやりしている季節を促すかのように、
樹々の間につむじ風を残して飛び回っています。

そんな12月にブログを始める事になりました。

住宅地の狭い一角で息づく薔薇や植物の季節毎の横顔と、
薄い硝子戸を隔てた場所に共存する者との互いの日々のつづれ織りです。

四つに区切られた季節の挟間から、未だ見ぬ五番目、六、七、更に.....、
その先にある季節の姿を感じ取っていただけたら幸いです。

2枚目の非常に美しい薔薇の写真は、Teaの『Gloire de Dijon』。
今回のブログ開設にあたり、常日頃からたいへん親切にしていただいている
「匂いのいい花束。」のブノワ。さまより、ご祝儀として戴きました。

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〔Gloire de Dijon(Climbing Tea)/Jacotot:France:1853〕

春浅い頃から、その細い枝先にゆるやかに蕾をつけ、日を追って開花してゆくその姿は、
筆舌に尽くし難い類い稀なる美しさです。環境にもよりますが、クライマーとしては数少ない、
一年を通して頻繁に返り咲く優秀な性質に加え、深みのある香しい紅茶の匂い。
時に枝葉を黒く汚しながらも、花弁は人肌にも似たあたたかな杏色。
表情を巧みに変えながら乱れ散りゆくさまは、苦境に耐えながらも
決して品格を失う事のない、名もなき貴婦人のようだと感じたものです。
現在我が家には、ブッシュ状に仕立てたものと壁面に緩やかに誘引したもの、
計4株がそれぞれ冬支度を始めたばかり。やがて来る春を待っています。

理由もなく思いつくままに名乗ることになったG d Dの由来は.....、
既にお気づきの方もいらっしゃると思いますが、
このたいへん美しい薔薇の名を略したものであることを最後に記しておきますね。

薔薇に対する微かな熱は日々流動的ですが、初めてその姿を目にした日から
現在に至るまで、変わる事のない体温を僕に与えてくれた、この薔薇に更なる敬意を込めて。


2006年12月12日

G d D
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by MiscellaneousOGRs | 2006-12-12 00:00 | Sweeter than Sweet
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